★あらすじ
物語の舞台は、現在のウクライナとポーランドの辺り。東中欧と呼ばれる一帯だ。第一次大戦前はオーストリア=ハンガリー帝国がそこにあり、その皇太子夫妻がサライェヴォでセルビア人テロリストに暗殺された事件がきっかけで第一次大戦へと発展していった。戦争はドイツ、ロシアを巻き込み、さらにはフランス、イギリスも参戦する。戦争の主軸はドイツ・フランス間の西部戦線にあり、両国国民がそれぞれ挙国一致体制で総力戦を行った。一方で東部戦線の東中欧では様相が異なっていた。オーストリア=ハンガリーもロシアも多民族国家であり、ロシア軍にはロシア人、エストニア人、ラトヴィア人、リトアニア人、ポーランド人、ウクライナ人、ユダヤ人等がいて、オーストリア=ハンガリー側にはドイツ人、ポーランド人、ウクライナ人、チェコ人、ハンガリー人、イタリア人、ユダヤ人等が戦っていた。主戦場となって農地を荒らされた土地に住んでいたポーランド人、ウクライナ人、ユダヤ人にとって、彼らの民族名を冠した国民国家は存在していなかったのだ。
当時、ポーランドは弱体化していてロシア、ドイツによる領土獲得の舞台となってしまっていた。国内も親ロシア派、親ドイツ派、独立派に分かれていた。
そしてさらに、ウクライナ人は同国内で以前からポーランド人に支配・隷属されている状態だった。そして、東ガリツィア地方では教育と行政にウクライナ語を使用するよう求める運動なども起き始めていた。
だが、どちらも一部の民族主義者の中での盛り上がりに過ぎず、一般の民衆(多くは農民)にはいずれのグループに対しても帰属意識は薄く、政治や、宗教の教義の違いなど理解の外であった。
一方で、各地に暮らすユダヤ人たちは、そんな民族主義運動でさえできる状態ではなく、自分たちをより良く保護してくれる体制・支配者が誰なのかにかかっていた。
そんな彼らは、第一次大戦において、時々の情勢に応じて分断され、互いに銃を向け合い、略奪をする状態となってしまった。
★基本データ&目次
作者 | 野村真理 |
発行元 | 人文書院 |
発行年 | 2013 |
副題 | 第一次世界大戦と東中欧の諸民族 (レクチャー第一次世界大戦を考える) |
ISBN | 9784409511206 |
- はじめに
- 第1章 民族主義者の思惑
- 1 ポーランド問題
- 2 ウクライナ問題
- 第2章 民衆の困惑
- 1 ポーランド人民衆の沈黙
- 2 ウクライナ人農民の悲劇
- 第3章 ガリツィア・ユダヤ人の困惑
- 1 民族のはざまに生きるユダヤ人
- 2 ユダヤ人の孤立
- 第4章 隣人が敵国人となる日
- 11918年ルブフ ― ポーランド人とウクライナ人
- 2 ハプスブルク神話
- おわりに
- 未完の戦争
- 参考文献
- あとがき
- 略年表
★ 感想
人文書院刊行のシリーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」(全十二巻)の一冊。
大学受験でどの科目を選んだかに大きく依存すると思うのだが、日本史を選んで世界史を選ばなかったため、自分の中では未だにその知識量の差は大きい。そのため、第一次世界大戦もほとんど知らないと言っていいほど。一般にもそんな感じなのではないかと思う。遠い、ヨーロッパの中での”世界”戦争というイメージだ。ましてや、東欧・中欧の歴史にそもそも疎いために、戦争がどんな形で影響を及ぼしたのかなど知る由もない。
そのため、本書の内容は初めて知る話ばかりで、とても興味深かった。「多民族国家」というのがそもそもピンとこないというか、実感として薄い概念なんだけど、それがどういうことなのかの一端を学べた。
支配層がコロコロ変わる状況(ドイツだったり、ロシアだったり、オーストリアだったり)で、どちらに付くかの態度を決めねばならない生き方って想像を絶する。勝ち組に付いたと思ったら、すぐに支配層が変わってしまい、今度は迫害を受ける側になるなんて。生きる・生き残るための”選択”が”裏切り”と呼ばれてしまうのだからたまらない。タイトル通りのことが普通に起こり、さらには家族同士でも”国籍”が異なってしまうことも珍しくはなかったとのこと。なんとも厳しい状況だ。
ただ、本書は小説やドキュメンタリーではなく、歴史書であるため、そんなテーマも淡々と語っている感じ。それがいかに悲惨なことなのかは少々想像力を使って考える必要がある。
さらに厳しいユダヤ人。うろ覚えだった「ポグロム」という言葉の意味を改めて知った。Wikipediaの説明は以下の通り。
ロシア語で「破滅・破壊」を意味する言葉である。特定の意味が派生する場合には、加害者の如何を問わず、ユダヤ人に対し行なわれる集団的迫害行為(殺戮・略奪・破壊・差別)を言う。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%A0
「加害者の如何を問わず」というのが恐ろしい。ロシアが支配層になった時も、ドイツに変わった時も、虐殺・差別にあっているのだ。
最近、ヘイトスピーチ・ヘイトクライム(差別を要因とする憎悪による犯罪)が問題になっているけれど、それがエスカレートするとどういうことになるかを、まさに”歴史に学ぶ“必要がありそうだ。その意味で、第一次世界大戦に関してはもっと勉強しないと思わせてくれた一冊だった。
★ ここで買えます
同シリーズでは下記作品などが刊行されています。
コメント