★あらすじ
「続日本紀」に、奈良時代に元明天皇が風土記編纂を命じた(と思われる)記載がある。各国の産物や地名の由来、古老の語る事などの報告を求めている。畿内(大和、山城、摂津、河内、和泉)と七道が対象だったが、現在まで残っているのは出雲国だけが完本で、常陸国、播磨国、豊後国、肥前国は省略または脱落がある。そして、それ以外の国に関しては断片的に他の文献に引用された者が残るだけだ。
各国には、中央から派遣された国司がいたが、風土記の作成は主に地方豪族が担ったようである。そのため、国ごとに記載内容やスタイルには違いが生じている。
常陸国風土記
筑波郡。古老が言うには、筑波県はその昔、紀の国といったが、崇神天皇の時代に国造として派遣された筑波命が「自分の名前をこの地に付けて、後代まで伝えたい」と言って国名を改めることになった。
信太郡 芦原の鹿の肉は美味だと土地の人が噂する。人びとが盛んに狩猟をしても獲り尽くすことなどない。
久慈郡に静織の里(しとりのさと)がある。上古の時代、綾を織る機織りを知る人がいなかった。ある時、この村で初めて倭文(しつ)という綾を織った。このことで静織と名づけられた。北に小川があり、火打ち石になる赤い石が採れる。小田の里の清らかな川では年魚(あゆ)が獲れる。
出雲国風土記
神の社は三百九十九箇所で百八十四箇所は神祇官に登録されている。九つの郡(こおり)があり、郷(さと)は六十二、里(こざと)は百八十一、余戸(あまりべ)は四、駅家(うまや)は六、神戸(かんべ)は七。
島根郡は郷八、里二十四、余戸一、駅家一。島根は、国を引いた八束水臣津野命(やつかみづおみつののみこと)が名づけた。すべての山野にある草木はおけら、やますげ、やまあい、さねかづら、くらら、つちたら、くずのね、松などである。鳥獣は鷲、隼、山鶏、鳩、雉、猪、鹿、猿、ムササビがいる。
出雲郡の北の海の浜に磯がある。名は脳(なずき)の磯という。磯から西にある岩窟は高さ・広さそれぞれ六尺で、穴が開いている。夢でこの岩窟まで来ると必ず死ぬという。そのため、土地の人は黄泉の坂・黄泉の穴と言っている。
鮑は出雲郡が最も優れている。鮑を採る人は御埼の海人である。
安来の郷の比売埼で娘をサメに殺された父が神に祈った。サメに復讐させろと。すると百匹余りのサメが一匹のさめを囲んだ。父は銛でそのサメを殺し、腹を割くと、娘の脚が出てきた。
生馬郷の加賀の神埼に岩屋がある。佐太大神が生まれた場所だ。生まれた時、弓矢がなくなった。祈ると角製の弓矢が流れてきたが、これは違うと投げ捨てた。次に金の弓矢が流れてきた。それを取り、「暗い岩屋だ」といって矢で岩壁を射り、穴を開けた。
★基本データ&目次
作者 | 中村啓信 |
発行元 | KADOKAWA (角川ソフィア文庫) |
発行年 | 2015 |
副題 | 常陸国 出雲国 播磨国 豊後国 肥前国 逸文 |
ISBN | 9784044001193 |
- プロローグ
- 常陸国
- 訓読文
- 現代語訳
- 本文
- 出雲国
- 播磨国
- 豊後国
- 肥前国
- 逸文
★ 感想
「出雲国風土記」って、名前は良く聞くけど、何が書いてあるのかよく知らなかった。「山海経」のように、お伽噺のような魑魅魍魎の世界が描かれているのだと勘違いしていた。もちろん、そのような不思議な話も“古老の言い伝え”として多く紹介されているが、基本は各地の地理や産物などを記した“報告書”だった。律令国家として中央集権化が進んだ奈良時代に、天皇が各国(の国司)に命じて作らせたのだから、真面目なのは当たり前か。
とはいえ、ちゃんと(?)神話もいっぱい掲載されています。遠征にやってきた天皇が、土地の美女を見初めて求婚したけど、離れ小島に逃げられてしまった。でも、土地の有力者の協力を得て船で島に渡って云々、と言った感じ。まあ、これを神話と見るのか、大和政権の侵略の様子を描いたものと見るのか、なんとも言えません。
産物で目についたのは鮎(年魚)でしょうか。「このXXX川では年魚が捕れる」という記述がよく出てきます。他の川魚も捕れたと思うのですが、為政者にとって馴染み深い魚として、特に鮎に言及したんでしょうか。海産物だと鮑と海藻も多かったかな。一方、米つまりは稲作に関しては記述が(ほとんど)なかったような。この時代はまだ温暖な気候の土地じゃないと栽培ができなかっただろうし、律令制の税制でもその土地ごとの産物で物納されていたようだから、稲作中心の世の中になる前の話なんだなということが感じられます。
あと面白いかったのは、地名の由来にやたら拘るところ。なぜその地名になったかを、国、郷、里のレベルで細かく紹介しています。報告者の”癖”がこの部分にはよく出ていて、「元はこういう名前だったけど、それが訛って今はこうなった」という説明を連発している風土記もある。その地を訪れた天皇が「XXと言った」ので付けられたんだけど、訛ってこうなっちゃいました、という調子。本当は、逆に地名に似た言葉から謂れを創作したとしか思えないんだけど、なんとかこじつけようとしている感じがして微笑ましくも思えてきました。それだけ、名前、もしくは名前をつけるという行為に大きな意味・重要さを感じていたということでしょう。
あらすじには取り上げなかったけど九州の国では「土蜘蛛」の記述が頻発します。天皇・大和政権に逆らって滅ぼされたその土地の人々のこと。穴の中に住んでいる、などとして蔑んで付けた呼称です。大和政権側についた地方豪族が各地の風土記の実際の製作者だったらしいですが、逆らった豪族たちは普通の人としても扱ってもらえないということ。勝者が語る歴史の”あるある”ですね。
似たような記述が続く風土記ですが、それでもお国柄はちゃんと出ていて、なかなか楽しめました。現代語訳だけ読めばとりあえず内容は理解できます。その後で読み下し文や原文(漢文)に挑戦していけばいいと思います。古代の日本がどういう様子だったのかを垣間見ることができる作品でした。
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