★あらすじ
舞台はアパルトヘイト時代の南アフリカ。内線が続き、国内はどこも荒れ果てていた。主人公のマイケルは母親と二人でケープタウンで暮らしていた。マイケルは口唇裂で、それもあってか子どももの頃からいじめられていた。それでもなんとか学校を卒業し、公園管理の庭師の仕事をしていた。母は、住み込みの家政婦だったが、主人は彼女の存在などほとんど気にかけない。
そんなある日、母は「生まれ育ったプリンスアルバートの農場で暮らしたい」と言い始める。内線のさなか、移動をするにも許可証を取得しないといけない。だが、政府機能も麻痺状態で、そんな申請をしてもいつ、許可が降りるかわからない。マイケルは母を手製の乳母車に乗せ、徒歩でプリンスアルバートを目指すことにする(列車に乗るには許可証が必要だったで)。
当然ながら、内戦中の街はあちこちで検問が行われている。そうでなくても、軍人に呼び止められて尋問される危険もあるし、いきなり銃撃されてしまうかもしれない。道中は野宿が続く。次第に母はやつれていき、ある町でついに病院に収容されてしまう。母の回復を待つ間もマイケルは行き場がなく、野宿を続けていた。だが、母は亡くなり、マイケルには遺灰が渡された。
母を故郷に連れていくという目標を失ったマイケルだったが、彼は旅を続ける。そして、ついにプリンスアルバートの農場にたどり着いた。だが、そこも戦争のために荒れ果てていて、住人はどこかへ消えていた。
マイケルはその地で畑を耕し、作物を育てて、それを食べて生きていこうと決める。やがて収穫の時期となったある日、軍人たちが農場にやってきた。
★基本データ&目次
作者 | J.M.クッツェー |
発行元 | 筑摩書房(ちくま文庫) |
発行年 | 2006 |
ISBN | 9784480422514 |
原著 | Life & Times of Michael K |
訳者 | くぼたのぞみ |
★ 感想
作者はノーベル文学賞を受賞した作家。とは言え、南アフリカに関しては全く知識がない。どんな話なのか事前の知識がまったくないまま読んでみた。
内線で混乱する国で暮らす人々。しかも、いわゆる「最下層の人々」が主人公となっている。現状はもちろん、国の未来にも全く希望を持てない状態。そんな中、住むところもなくなり、流浪の生活をしている。あまりにも今の自分の状況と異なっていて、正直、全く共感することができない、その気持や考え方が全くわからない人の話だ。だが、畑を耕し、そこで収穫したものを食べて生きていくんだ、という主人公の想いにはなぜか惹かれるものがあった。
農場にいたヤギを屠って食べるシーンが出てくるのだが、当然ながら一人では食べ切れず、大部分の肉を腐らせてしまう。マイケルはそのことをとても悔やむ。それは、生きるに必要以上のものを手に入れた挙げ句、無駄にしてしまったという想いのようだ。淡々と描かれるこのシーンだが、作品の中ではかなり大きなメッセージを持ったシーンだ。SDGsなどという流行りの言葉では表せない、もっとストレートなメッセージ。
その後、マイケルは反逆組織の一味と間違えられ、捕らえられて収容所に送られる。だが、衰弱しきっていたために病院送りになる。でも、そこで彼のことをとても気にかけてくれた医師がいたのだが、マイケルは出された食事を口にしない。何かに抵抗してのハンガーストライキではなく、自分で収穫したものではないから。彼は、土地に生きる獣か昆虫のような存在になっていたのだ。そこには、戦争の主義主張もなく、豊かな生活を送りたいという欲もない、ただ、その土地で生きていくという想いだけがあったのだ。
なんとも不思議な物語だった。私が南アフリカに関して何も知らなかったこともあり、どこかおとぎ話のような、寓話のような雰囲気だった。結局、マイケルは何をしたかったのだろうか。彼は自由に行きたかっただけだったのかもしれないが、その自由とは何だったのか。社会と隔絶した自由は可能なのだろうか。
なんか、色々と考えさせられた。なるほど、ノーベル文学賞作家の作品、テーマが非常に奥深かった。
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