以下の内容は、いわゆる「ネタバレ」を含んでいます。
★あらすじ
主人公のアドリアナの回想として語られる物語。
子供の頃、街から二キロも離れた、野原のまっただ中にポツンと建っている家に住んでいた。父と母と、お手伝いのアグスティーナにホセファ、そして彼女。たまに父の妹であるデリア叔母さんが訪ねてくるくらい。世間から隔絶された暮らしを望んだ父がこの家を選んだ。そのため、彼女は学校に通うことが出来ず、元教員だった母から勉強を教わっていた。
収入を得るために父はフランス語の教師をしていた。だが、それとは別に、父は不思議な力を持っていた。振り子を持って歩き回るだけで、失せ物(捜し物)を見つけたり、何もないような更地で水脈(何処に井戸を掘れば良いか)を見つけたりしたのだ。人から水脈探しを頼まれることもある。
遺伝なのか、彼女にもその能力は受け継がれていて、父と一緒に水脈探しをするようになっていく。遺伝したのはそんな特殊能力だけではなく、世間を疎み、一人の世界に閉じこもる性格もそうであった。だからだろうか、家族(や使用人)の中でも孤立していって自分の内に閉じこもっていった父に対し、彼女は共感し、寄り添っていた。
だが、彼女が成長するにつれ、彼女も父のことを疎ましく思うようになる。そして父は一人となり、心を閉ざしてしまう。結局、父は自らの死を選び、彼女の前からいなくなってしまった。
取り残されてしまった彼女は、父の秘密を追い、父の故郷を訪ねていく。
★基本データ&目次
作者 | Adelaida Garcia Morales |
発行元 | インスクリプト |
発行年 | 2009 |
ISBN | 9784900997219 |
原著 | El Sur y Bene (1985, Anagrama) |
訳者 | 野谷文昭、熊倉靖子 |
- エル・スール
- 訳者解説
★ 感想
主人公のアドリアナが過去を回想し、独白していくというスタイルで書かれた物語。冒頭に「ネタバレを含む」と書いたが、父の自殺は冒頭ですぐに語られる。その後、話は、父が死に至るまでを自分の成長過程とともに描いていく。明確な区切りがある訳ではないが、後半は父の死後に主人公がその原因を探るべく、父の故郷を訪れるというストーリーだ。
話の背景として、スペインの内戦がある。昨日まで仲のよかった隣人同士が敵味方に分かれて戦い、国は分断された。命を落とさないまでも、職を失い、家を失うものも多かった。この家族もそんな一家の一つという設定だ。オカルティックな父と、現実主義的な母、そして宗教を盲信する使用人と、家族の中でもギャップが生じている。主人公の少女は、多感な時期をそんな家族の中で送っていったことになる。
シチュエーションは複雑ではあるけれど、「娘にとって父親の存在とは?」という問いがテーマなのかと思われた。幼い頃には父を慕っていて、父の秘密を知ってからだんだんと距離ができ、父の死後にはそれをも受け入れようと父の故郷を訪ねる娘。その心の動きはつかみ所がなくフワフワしているけど、見守っていたくなる。自分が娘を持つ父親でもあるので、そんな風に感情移入(いや、客観視?)してしまった。
著者は、映画監督のビクトル・エリセの妻だそうで、この小説が世の中に発表される前に映画化されたのだそうです。その後、もう一つの作品「ベネ」と併せて書籍化されたとのこと。諸々の都合で、日本語訳の本書は「エル・スール」のみ独立して出版されている。
映画と異なっているというか、制作の都合で映画では小説の後半部分が省かれています。主人公のアドリアナが父の故郷を訪ねていく部分です。ただ、だからといって「答え合わせ」や「回答発表」とは行かず、父の死はなんだったのかは語られていません。その“余韻”がなんとも心地良い訳で、それがこの小説の魅力ともなっています。
映画はAmazonでも観ることが出来るようですし、興味があれば併せてどうぞ。私は学生の頃に観たかな。もう、記憶が曖昧。もう一度観てみなければ。
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