以下の内容は、いわゆる「ネタバレ」を含んでいます。
★あらすじ
米国が打ち上げ、帰還した宇宙船の表面から未知の“生物”が発見された。米軍は密かにそのウイルス様の生物を兵器とすべく、極秘裏に研究を始める。が、ある時、イギリスの諜報機関に一部を盗まれてしまった。そのイギリスでも独自に生物兵器としての研究が進められた。
その生物兵器は、インフルエンザのウイルスの様に伝染するもので、増殖力はこれまで知られたものを遙かに凌ぎ、あっという間に広まる危険なものだった。しかも、宿主の細胞に自身の核酸埋め込みに成功すると、自分は溶けて消えてしまう。これではアンチウイルス(抗体)を作ることも不可能だ。一度、感染してしまうと、止めようがないのだ。ただ、零下数十度の気温ではその増殖能力は止まり、眠ったようになる。
そのイギリスも“盗難”にあい、外部へと持ち出されてしまったのだ。犯人たちは、レーダー網に掛かることを恐れ、木造の旧型飛行機を用い、アルプス越えのルートを選んだ。
冬のアルプスの気候は安易な予想を超えて厳しいものだった。人知れず墜落し、その生物兵器は吹雪の中でまき散らされたが、冬の間は静かに眠っているだけだった。だが、アルプスにも春は訪れる。それが災厄の始まりだった。
春を迎えたヨーロッパで、のちに“チベット風邪”と呼ばれるようになったインフルエンザが流行し始める。それとは別なのか、心筋梗塞で突然死する人が増え始めた。さらには、家禽類がバタバタと死んでいく“事件”が起きる。これらは関連のない出来事として、それぞれに人々が慌て出す状態だった。
そう、それらは“根本”が一つだった。さらに悪いことに、ワクチン製造には生きた鶏卵が大量に必要なのだが、その鶏がどんどん死んで行ってしまったため、生産が徐々に追いつかなくなっていったのだ。
ふと気が付くと、あれだけ酷かった通勤ラッシュの電車が、なぜか隙間が目立つようになった。人々は事の異常さ・重大さをやっと理解し始めたのだ。
人類が滅亡するまでには一夏で充分だった。
その頃、氷と吹雪に閉ざされた南極では、各国の研究者たちが取り残されていた。その数、一万人。今や生物兵器の影響を受けていない、唯一の土地が南極だったのだ。
★基本データ&目次
作者 | 小松左京 |
発行元 | KADOKAWA (角川文庫) |
発行年 | 2018 (改版) |
ISBN | 9784041065815 |
初版 | 1964刊行 |
- プロローグ
- 第一部 災厄の年
- 第一章 冬
- 第二章 春
- 第三章 初夏
- 第四章 夏
- インテルメッツォ
- 第二部 復活の日
- 第一章 第二の死
- 第二章 北帰行
- エピローグ 復活の日
- 初版あとがき
- 解説 小松実盛
★ 感想
パンデミックなんて、中世ヨーロッパのペストや、戦後のスペイン風邪、そして医療体制の脆弱なアフリカでのエボラ出血熱のことで、自分に直接関係するものだという実感が全くなかった。だからこそ、今読むべき一冊と思って本書を読んでみた。映画では観たことがあったものの、原作を読むのは初めてだ。そして、「日本沈没 決定版 | Bunjin’s Book Review」の感想でも書いたが、もっと早く読めば良かったと思う。
本作品が世に出たのは前回の東京オリンピックが開催された1964年だ。もう、半世紀以上前だ。それなのに、全く色褪せないストーリーに驚かされる。まさに今、これから起きるんじゃないかと思えるようなリアリティがある。
もちろん、ここの技術描写では時代を感じさせるものもある。主人公がハム通信で南極から世界の生存者と交信してみるシーンなどだ。でも、それすらそんなに陳腐には感じない。今だったらインターネットを利用してのコミュニケーションになるだろうが、それは媒体が異なるだけで、“コミュニケーション手段”としては変わりがないからだろう。実際にこんなことになったら、基地局を動かす人がいなくなり、スマホでチャットもできなくなるのかも知れない。そんな時には個々に独立した通信設備を持つハム無線の方が役に立つのかも。そんなことまで思わせるものだった。
とにかく、描写が細かくリアルで、舞台装置は気にならないくらいストーリーに引きずり込まれてしまった感じだった。これも「日本沈没」の時と同じ感覚だ。小松左京の天才には敬服するしかない。
こんなパンデミックの最中に、「今こそ“敵国”を倒すチャンス」と息巻く軍人がいたり、世界の人々にもっと訴えることがあったのに安穏と研究生活を続けてしまったと自省の念を語りながら息絶える学者がいたり、気づいたら椅子に座り込んだまま息絶えてしまった最期まで、患者を救おうと不眠不休で働き続けた医師がいたり。小説ゆえの誇張はあるものの、“こんな時”に人々が示すかも知れない人間の性、本質的な良心や疑心暗鬼の念が描かれている。
題名の通り、話のラストでは生存者たちが“復活の日”を迎える訳だが、それはハッピーエンドではない。そこから先、諸々の歴史的な反省・教訓を元に、いかに生きていくか、新たな世界を構築できるかが問われているのだと作者は述べている。そんな壮大なテーマが、安直なステレオタイプではなく響いてくるところが本書のすごいところ。
終末論や救世主願望を言うつもりはないが、他人事ではない気がして、読んでいて言い知れぬ不安を感じたし、それでいて読み進めるのを止めることができないほど引き込まれてしまった。心して読み始めるべき一冊だった。
コメント
[…] 東京も外出自粛要請がなされ、街はなんとも寂しい景色になってます。せっかくの桜の季節だというのに、それ故、一層の閉塞感が感じられる。先日読んだ「復活の日 | Bunjin’s Book Review」(小松左京著)とは元々のウイルスの質が違うけれど、漠然とした不安に襲われてしまいますね。 […]
[…] 以前読んだ「日本沈没」、「日本沈没 第二部」、「復活の日」もそうであったが、小松左京の作品はリアリティがある。科学・技術に関する既述も細かいし、諸外国とのパワーゲームの描き方も納得感がある。一方で、そんな未曾有の危機に直面した人々のタフさ、使命感に燃える熱さに、人情ものやスポ根ものと同じような高揚感も感じさせてくれる。詰まりは、SF娯楽作品として超逸品ということだ。 […]