★あらすじ
鳥島は、東京の都心からはるか南、八丈島と小笠原諸島の間にある絶海の孤島だ。無数のアホウドリが生息する無人島で、明治期に開拓・植民が試みられたが、火山の噴火で住民全員が死亡。以降、その試みは途絶えている。
そんな鳥島は、古くから難破船が漂流し、船員たちが取り残されるという海難事故が多発している。本書は江戸時代に起きた海難事故・漂流事件を追い、日本の海難事故史上で最長となる二十年もの漂流生活を強いられた男たちの物語だ。
享保年間、八代将軍吉宗の時代に、鹿丸と言う名の船が仙台から出航した。船員は十二人。江戸へ年貢米を運ぶ仕事を請け負ったのだ。だが、運悪くおおしけに会い、五十日以上も漂流することとなる。やっと見つけてなんとか上陸したのが鳥島だった。断崖絶壁に覆われた島へ上陸するのは困難を極めたが、どうにかして陸へたどり着く。疲れ果てた彼ら母まで寝入ってしまう。そして彼らの知らぬ間に、嵐の中を漂流していたために脆くなっていた鹿丸は夜のうちに破船してしまったのだ。彼らは絶海の孤島に取り残された。
その前年、イギリスではデフォーの「ロビンソン・クルーソー」が出版されていた。場所は違っても、同時代に漂流物語が洋の東西で起こっていた訳だ。
ここから十二人の無人島生活が始まる。鳥島は火山島で、大きな樹木は育たず、茅が生い茂っていた。川や池はなく、漂流者たちは飲水の確保に苦労することとなる。ただ、雨が多く降ったため、彼らは雨水を貯めて乾きをしのいだ。
鳥島には上述の通り、アホウドリが群生してた。人の怖さを知らないアホウドリは、人間が近づいても逃げることを知らない。漂流民たちはアホウドリを主食として命をつないだのだ。また魚も豊富だ。壊れた船から回収した鉄釘で針を作り、茅などから糸(紐)を撚り、釣りをしたのだ。
ある時には、米を載せた無人の難破船が漂着してきたこともあった。彼らは久しぶりの米に喜んだが、船を直して脱出を試みた形跡はない。長期の無人島生活でそんな気力もなくなっていたのだろうか。そして、仲間たちは病気や自殺によって徐々に数が減っていった。
残ったのは三人。そして漂着からすでに二十年が過ぎていた。そんなある日、新たな船が鳥島に漂着したのだ。ここから彼らの脱出劇が始まった。
★基本データ&目次
作者 | 小林郁 |
発行元 | 天夢人 |
発行年 | 2018 |
副題 | 18世紀庶民の無人島体験 |
ISBN | 9784635820776 |
- 序 洞窟の発見
- 第1章 享保・元文期の漂流記 日本史上最長の無人島漂流生活
- 1 二形船鹿丸の遭難
- 2 宮本善八船の小笠原漂流と鳥島漂流民の救出
- 第2章 天明・寛政樹の漂流記 無人島長平とその仲間たち
- 1 宝暦から天明にかけての出来事
- 2 土佐人長平の孤独な生活
- 3 備前船亀次郎の漂流
- 4 住吉丸の漂流
- 5 故国への帰還
- 6 後日談
- あとがき
- 文献一覧
- 年表
★ 感想
子供の頃に「ロビンソン・クルーソー」の物語を読んだ時は、その冒険譚に憧れを抱いたものだった。だが、江戸時代の日本でもこんな事件(大冒険?)が起きていたとは全く知らなかった。いや、鳥島といえば、本書の終わりの方でちょっと触れられている、ジョン万次郎が漂着し、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救出され、その後、アメリカに渡った、と言う話は知っていた。だが、鳥島は彼の物語の”序章”にちょっと登場する舞台というだけの存在だった。その鳥島では何十人もの江戸時代の船員たちが漂流生活をしていたとは。
二十年とは長すぎる。また、後半に書かれた別の漂流者は、年月はそれよりは短かったものの(と言っても数年)、仲間が死に絶えてたった一人で生き抜いたそうだ。想像を遥かに超える孤独感、絶望感だろう。それでも生き抜いた生命力・精神力はどこから出てきたのだろうか。ひ弱な現代の都会人である私には全く想像できない。漂流物語を冒険活劇として捉えていたことが恥ずかしいくらい。いやぁ、タフですな。
そんなすごい彼らだけど、歴史の上では”無名の庶民”に過ぎない。もちろん、江戸時代にあってもそんな漂流生活から生還した彼らは人々の称賛と興味を持って迎えられ、いくばくかの記録には残った。そんな、小さな小さな記録を丹念に追いかけてこのように一冊の書物にまとめ上げた著者の努力にも感服。名もない彼らの”その後”を追うために、各地の寺社で過去帳(寺の檀家の死亡記録)を丹念に調査したり、地方ごとの郷土資料を読み、そして時には子孫となる人たちにもインタビューをしている。歴史研究とはそういうものなのかもしれないが、ドラマの名探偵や敏腕刑事だってここまで”足を使った捜査”はしないだろう。その努力のおかげで、こうして数百年前の海難事故のことを詳細に知ることができた訳だ。
本書は、名もなき庶民の歴史としても、江戸時代の海運事情の資料としても、そして漂流生活を強く生き抜いた人々の涙と情熱の物語としても読める。非常に読みごたえのあった一冊だった。
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