★あらすじ
本書は、新聞や雑誌に掲載されたり、著者が講演で語ったものを集めたエッセイ集だ。そのため、テーマは様々で、一般向けに書かれたものなので、いわゆる“評論”のような堅さはない。時事問題や古典の引用に、著者の体験などを交えた話の運びとなっている。
● プラトンの「国家」
プラトンの著書「国家」の中で登場するソクラテスは、人の生まれ変わりの仕組みについて語っている。動物やら人やら、来世を選ぶことが出来るが、その後に“忘却の河”の水を飲むため、来世を自分が選んだことさえ忘れて生まれ変わる、と言うのだ。
ソクラテスは学門を語るのに比喩を用いることを厭わない。プラトンもそれを受け継ぎ、人間の奇怪さ・愚かさ・惨めさを語る。国家とは人間が集団となっているもの。その時、その集団は獣と化す。みなが飼い慣らそうとするが、それは難しい。集団は自分たちの正義を主張して譲らないからだ。それが教育によって可能だというソフィストたちは嘘つきであり、騙されてはいけないのだ。
● 天の橋立
天の橋立そばの宿で朝食に食べたオイルサーディンがとても美味しかった。天の橋立の入り江で捕れたキンタル鰯だそうだ。そんなキンタル鰯が、最近は数が減って養殖に頼っているとのこと。天の橋立近辺の自然が激変しているからだろう。将来が危ぶまれる。
小式部内侍の詠んだ「大江山生野の道の遠ければ、まだ文もみず天の橋立」の名歌は、橋立よりも後世に長く残るのだろう。
● さくら
「さくら さくら 弥生の空は 見渡す限り・・・・」の歌は簡潔でとても良い。さくらを詠うのに策は要らない。「しき嶋の やまとこころを 人とはば 朝日ににおふ 山さくら花」の本居宣長の歌も、日本精神だの大和魂だのを詠ったものではない。素直にさくらの美しさを詠っただけだ。
最近はソメイヨシノばかりになってしまったが、青い葉っぱを出して、まばらに咲く山さくらも美しい。
★基本データ&目次
作者 | 小林秀雄 |
発行元 | 文藝春秋社(文春文庫) |
発行年 | 1974 |
- 常識
- プラトンの「国家」
- 井伏君の「貸間あり」
- 読者
- 漫画
- 良心
- 歴史
- 言葉
- 役者
- ヒットラーと悪魔
- 平家物語
- プルターク英雄伝
- 福沢諭吉
- 四季
- 人形
- 樅の木
- 天の橋立
- お月見
- 季
- 踊り
- スランプ
- さくら
- 批評
- 見物人
- 青年と老年
- 花見
- ネヴァ河
- ソヴェットの旅
★ 感想
「小林秀雄の文章は難解である。」「読者に二度・三度、読ませるため、わざと難解な表現を使っている。」などと言う話を聞いたのは中学生の頃だろうか。子供心に響いたのか、トラウマとなってしまったのか、以来、小林秀雄の作品には手を付けずにいた。それから数十年たち、Amazonのセールもあって、やっと初挑戦してみようと思ったのだった。
結果、Amazonに礼を言わねばならないだろう。小林秀雄の文章は軽妙洒脱で、自己の体験を枕にしながらいつの間にか本論に入っていたりと、とても心地良いものだった。古今東西の古典の引用から、現代の問題へと結びつける流れも“切れ目”が分からないほど滑らか。なんと言うか、読んでいて気持ちの良い文体だ。これは個人的感覚なのでうまく説明ないが、内容の良し悪しとは別に、文体の持つ気持ちよさ・悪さがあると思う。私にとって最悪なのは大江健三郎。吐き気がするくらい。でも、内容は面白いので困った物だ。その点、小林秀雄はいい。この「考えるヒント」は四巻まで出ているそうなので、残りも読んでみたいと思う。
「天の橋立」は数ページの短い作品ながら、自然破壊の行く末を案じるその不安がよくわかる。何とかしないと、歌の中にだけ生き残る存在になってしまうぞというのは、今でこそ言い古された表現かも知れないが、六十年近く前に書かれた文章だと思うと、その観察眼、先見の明はさすがです。
それにしても、朝食で「トーストにオイルサーディンを頼んだ」とあるけど、なんともバタ臭い食生活だったんですね、小林秀雄さんは。ソ連の文壇から招待されて講演したりと、海外を旅行することも多かったようですが、和洋の括りに縛られない考え方はそんな辺りから作られていったのでしょうか。人としても興味アリです。
一般に作文術では、文章はシンプルかつ理路整然としてなければならない、とされています。素人の我々が文章を書く時にはその通りでしょう。でも、ふらふらとあっち行ったりこっち行ったりしていても、言わんとすることを伝えることの出来る文章って在るんだなと、そんな点でも感心。一読の価値ありです。
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