★あらすじ
「古事記」「日本書紀」には、初代の神武天皇(カムヤマトイハレヒコ)からの伝承が語られている。一方で、歴史の教科書には普通、卑弥呼に始まり、倭の五王の事蹟が取り上げられている。後者は中国の歴代王朝の正史に記されたもので信憑性が高い。前者は、六世紀後半に文字として記録された(日本の)「帝紀」「旧辞」を元に編纂されている。日本ではそれ以前の(同時代の)記録は文字として残っているものがない。ということで、三世紀の日本では卑弥呼が「倭国」を束ねていて、その後は五人の倭王たちによってさらにまとまりを持った形になっていったのだろう。
卑弥呼は女王と言うより、宗教的・呪術的能力を持ったシャーマンであり、“弟”と共に国を治めていたらしい。このような「ヒメ・ヒコの男女二重主権」形態は古代社会には広く見られる。神功皇后と仲哀天皇(この場合は夫婦)もヒメ・ヒコ制の一例といえる。また、推古天皇と聖徳太子も同様で、推古天皇も雨乞いなどの呪術を行っていたと伝えられる。
邪馬台国がどこにあったかの論争は続いているが、大和にあったとして、卑弥呼は天皇系譜に繋がる存在だったのだろうか。「魏志倭人伝」では、卑弥呼の死後は混乱が生じ、台与(壱与)を立ててやっと収まったとある。この時代にはまだ、王権の世襲制は未成立だったのだ。つまり、天皇家がここに誕生したとは言えない。
天皇位の象徴は、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の三種の神器だ。「古事記」の天孫降臨の記述の中に登場する。また、後に律令にも定められ、天皇の即位儀礼において継承されるものと規定された。それは大和朝廷の形成とともに整備されていき、天皇号そのものも確立していった。
★基本データ&目次
作者 | 大津透 |
発行元 | 講談社(講談社学術文庫) |
発行年 | 2017 |
ISBN | 9784062924818 |
- はじめに
- 序章 「天皇の歴史」のために
- 第一章 卑弥呼と倭の五王
- 第二章 「日本書紀」「古事記」の伝える天皇
- 第三章 大和朝廷と天皇号の成立
- 第四章 律令国家の形成と天皇制
- 終章 天皇の役割と「日本」
- 参考文献
- 年表
- 天皇系図
- 歴代天皇表
★ 感想
本書は、講談社で刊行された「天皇の歴史」シリーズを改めて講談社学術文庫に収めたものの一巻目。その内容はサブタイトルの通りで、神話として語られる天皇制の始まりと、史実と認められる天皇制・大和朝廷の形成の流れとを語ったもの。多くの研究者の研究成果を紹介し、異論のあるものは並記し、コンセンサスが得られているものはそれを採用する形で、この難しいテーマを概説してくれている。
卑弥呼の存在は、その後の天皇の系譜とは直接繋がりがないような感じがするが、倭の五王となると“王家”の流れが出来ている感じで、歴代天皇のことを語っていると思われる。では、その間には何があったのか、どのように大和の地に朝廷ができ、天皇制が誕生したのだろうか。
残念ながら、本書でもその謎には答えていない。千五百年以上の昔のことだし、致し方ないだろう。逆に言えば、始まりが分からないくらい遙か昔から、少なくとも千五百年は天皇制の歴史が続いているということでもある。世界の歴史を考えると、アジアの辺境の地にあったとは言え、良く続いているなというのが正直な感想。
後半は天皇および群臣たちがどのように大和朝廷を形にしていったのかの歴史を語っている。お馴染みの大化の改新や律令の制定の話だ。でも、それらは常に大陸の国々(中国や朝鮮半島の国々(新羅・高句麗など))との“外交”関係と深くリンクした動きだったというのが新鮮な話。白村江の戦いなど、朝鮮半島での軍事行動が行われていたり、多くの人々が行き来したことは歴史で習っていたが、その当時のアジア全体の動きにこれほどまでダイナミックに連動したものになっているとは驚き。飛行機はおろか、船だって帆船しかなかったろうに、それでも人々は互いの国を行き来し、歴史を作っていったんですね。
学校で習った歴史の“用語”一つ一つを、新たな視点で見直すことが出来る、とても興味深い話題満載の一冊でした。いつの日か、神話のベールをすべて剥がし、歴史の真実を見出してほしいものです。
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