★あらすじ
珈琲の歴史を知ってどうなるか。実は歴史を知っているとコーヒーがさらに美味しく飲めるのだ。味覚研究の分野では「情報のおいしさ」と呼ばれている。だからこそ、本物の珈琲の物語を知ってもらい、美味しい珈琲を飲んでもらいたいと思い、この本を執筆した。
と、著者は語っている。著者は科学者であり、前著の「コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)」ではコーヒーの魅力を科学的に解き明かしている。
「コーヒー」の語源はアラビア語の「カワフqahwah」に由来する。これがトルコ語の「カフヴェkahve」になり、さらにヨーロッパに広まってcoffee(英語)、café(フランス語)、Kaffee(ドイツ語)などになっていった。日本にはオランダ人が伝え、オランダ語のkoffieが「コーヒー」になった。
コーヒーの実が生るコーヒーノキはアフリカ大陸原産の常緑樹で、寒さに弱い。そのため、赤道を中心とした熱帯から亜熱帯にかけての国々で栽培されている。その割には標高が高い山地の森で育つので、強い陽射しや暑さには実は弱いのだ。
そんなコーヒーノキの実を飲み物として人類が飲み始めたのはいつからか、残念ながら分かっていない。資料が残っているのは九世紀以降の話になる。初めは直接的な記述ではなく、エチオピアやイエメンなどのイスラーム教徒、キリスト教徒、そして原住民たちの“政治的”動向を追うことでコーヒーの伝播の流れも見えてきた。キリスト教徒たちの王国がこの地を侵略し、奴隷として原住民たちを連れ去ります。この時、原住民たちが飲用していたコーヒー(の元祖)も併せて伝えられたと考えられるのです。
その後、時を下って十五世紀のイエメン(エチオピアの隣)で、イスラームの法学者が「コーヒーの合法性の擁護」という著書で、コーヒーの起源などを交えて語ったものが伝わっています。これが「カワフ」と呼ばれていた飲み物で、その覚醒作用や食欲抑制、多幸感、陶酔感をもたらすものとしてイスラム神秘主義者たちが厳しい修行をこなす際に飲んでいたのでした。飲酒を禁じているイスラーム教にあって、「カワフ」は許されるのか否かをこの著書は語っています。
ただ、この頃の「カワフ」は現在のコーヒーとは異なり、コーヒーの果実を乾かした後の殻を煮出したり、コーヒー豆を果肉と一緒に(果肉を除去せずに)丸ごと炙ってから煮出すものでした。そんなコーヒーの元祖が、オスマン帝国へ伝播、そしてヨーロッパへと伝わったのです。
★基本データ&目次
作者 | 旦部幸博 |
発行元 | 講談社(講談社現代新書) |
発行年 | 2017 |
- はじめに
- 序章 コーヒーの基礎知識
- 1章 コーヒー前史
- 2章 コーヒーはじまりの物語
- 3章 イスラーム世界からヨーロッパへ
- 4章 コーヒーハウスとカフェの時代
- 5章 コーヒーノキ、世界にはばたく
- 6章 コーヒーブームはナポレオンが生んだ?
- 7章 19世紀の生産事情あれこれ
- 8章 黄金時代の終わり
- 9章 コーヒーの日本史
- 10章 スペシャルティコーヒーをめぐって
- 終章 コーヒー新世紀の到来
- おわりに
- 主な参考文献
★ 感想
コーヒー、もちろん好きです。スタバには良く行くし、家ではNESPRESSOのカプセルでコーヒーを飲んでます。コーヒーの歴史についても、エチオピアが発祥の地だとか、山羊が食べていたのを見た牧童によってコーヒーの実が“発見”されたなんて逸話も知っていました。でも、それ止まり。本書で語られている話は初めて知ることばかり。確かに、そんな歴史を知ったあとに飲むコーヒーは、さらに美味しく感じられます。
コーヒーの歴史を追うと、アフリカ・ヨーロッパの歴史、特に宗教史・文化史を知ることにもなる。と言うか、そんな全体的な歴史の中でコーヒーの辿ってきた道を語るスタイルが本書。分かり易く、納得感もあり、単なる“雑学集”ではないところがグッド。特に、馴染みの薄いイスラムの歴史の中で語られるコーヒーの存在は、コーヒーそのものもさることながら、イスラムの慣習や考え方を知ることもできて面白かった。修験者のような人々が、修行の際に愛飲したのがイスラム教徒たちにコーヒーが受け入れられていったきっかけとのこと。エナジードリンクを飲んで頑張る、現代のサラリーマンにも通じる気がして、ちょっと親近感が沸いてきた。また、そんなコーヒーは宗教的にみても(イスラム教としても)“正しいもの”だと真面目に主張した著作が少なからずあったことも、現代の(ちょっと怪しい?)健康法やダイエットに関する議論を勝手に彷彿してしまい、これまた面白いなと思えた。
後半は商業的なコーヒーの歴史が中心になるが、これもまた知らないことばかり。コーヒーの栽培が、ヨーロッパ諸国による植民地政策と大きく関わっていたことは知っていたものの、各国のコーヒー産業の“栄枯盛衰”がこんなに激しかったとは。そして、ブラジルが最大のコーヒー生産国になった背景にナポレオン一世が関わっていたとは。ナポレオン率いるフランスに侵攻されて、ポルトガルの王族が植民地だったブラジルに逃れて亡命政府を樹立。そこでコーヒー産業を奨励・拡大させたのが今に繋がったのだそうです。他の国の植民地がサトウキビ栽培・砂糖生産に力を入れていたのが、ヨーロッパで甜菜による砂糖生産が大きくなっていくにしたがって衰退していったに反し、コーヒー栽培が大きくなっていったとか。いやぁ、何が幸いするか分からないものですね。歴史の面白さはコーヒーの歴史にも当てはまります。
日本におけるコーヒー史も興味深いもの。江戸時代の記録では「焦げくさくて」不味いと書いてあったそうです。そこから始まった日本のコーヒー。例によって(?)、コーヒーの進化も“ガラパゴス化現象”が起きていたそうです。昭和の時代から続く自家焙煎の純喫茶って、この当時の世界のコーヒー情勢においてはかなり異質の存在だったんですね。
勉強になりました。そして、ますますコーヒーが好きになりました。そんな気にさせてくれた一冊です。
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